カテゴリー「■ブロガーソウル」の投稿

2009年12月 2日 (水)

カメラ女子はキオク 写真・記録・記憶

P1010022

今日の朝、ニュースで「カメラ女子」が急増しているというのを見ました。
夫さんもわたしもかなり興味のあるニュースで、一緒に見ていたのですが、そこで夫さんが気になったのは、PENTAXのデジタル一眼レフ。k-xですね。

すご~!カメラこんなにカラフルなんだ!
と、夫さんは驚いていましたが、ネットではかなり前から話題の商品。夕飯の時に話題にしたりしたのですが、知らなかったんだ!と、私は驚きました。確かにカメラといえば、黒いやたまにシルバーなどのボディが定番だと思うので、これはやっぱり斬新に思えるんだなあ~とおもいました。(K-xの公式サイト(FLASH)

そのニュースでわたしが一番面白いなあ~!と思ったのは、大学の教授の言っていたことで、男性・女性というのは一概にどうなのかというのはわかりませんが、教授曰く、男性はカメラ(写真)を記録として使っているけれど、カメラ女子は、「記憶」として楽しんでいるという話。なるほどね~とおもいました。

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2009年11月27日 (金)

よくもまあそんなにブログに書くネタがあるんだねえ~

P1020754ブログやサイトを作っていない友人に「よくもまあそんなにブログに書くネタがあるんだねえ~」なんて言われることがあります。まあ、たいていこれを言われるときは、呆れられている、ちょっとばかにされている気もしますが、友人からしてみればちょっと異常なレベルなのかも知れません。

でも、誰しもブログやサイトをもったときに、何を書こうなんて思うことがあると思います。たいてい、書くネタがない。と、挫折してしまうそうなんですが、なぜかわたしは挫折しなかったタイプの人で、普通にそういうことをつづけられてしまうタイプだったようです。

じゃあ、なぜそんなことができてしまったのか?なぞですよね。

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2009年10月 5日 (月)

本日2時間くらいの間、わださんのライブ中継やってました

P000108現在、東海道53次ウォークを歩いている、和田さんのライブ配信が、今まさに行われています。

レッツノートを持って、和田さんの様子を配信しているのは、わっきぃさん。

ライブ配信は、リンク先から参加することができます。レッツノートで撮影していて、バッテリーの持ち時間が約2時間くらいということなので、14時40くらいから2時間くらいでした。
14:20くらいから~ライブ配信中 movieflair
リアルタイムで、動画(映像)がテレビみたいに放送されています。

ライブ配信で、わださんの様子をリアルタイムでみることができました。
わださん、元気そうです。

詳細は記事の続きにて。
↓↓

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2009年5月 7日 (木)

最近ちょっとだけアートってこういうものなんじゃないのか?というのがわかった気がする


Photo by sheilaellen

長いタイトルなんですが。
アート(芸術)ってなんやねん!と、ぼんやりと昔から考えていましたが、友達や家族と「アートって何?」という話をしても、一向にその答えは見つかりませんでした。

絵画や音楽、文学作品が私にとっては身近なものですが、ほとんどが「意味がよくわからない」と終わるものでしかありませんでした。むしろ美術史は好きだけれど、絵画鑑賞は苦痛であるくらいの勢いです。

ただ、最近やっとアートっていうのは、すごい当たり前だけれど「表現活動」であり、わかりやすく解説しているものではないことがわかりました。「表現」というのは、だいたいこのような意味で使いますが、

心理的、感情的、精神的などの内面的なものを、外面的、感性的形象として客観化すること。また、その客観的形象としての、表情・身振り・言語・記号・造形物など。
Yahoo!辞書 - ひょう‐げん【表現】


アートが表現活動であるということにすれば、それはわかりにくい場合があり、それに触れた側は理解できない可能性があると、思いました。アートを念頭に、コミュニケーションをはかろうとすると、伝えられない伝わらない可能性があり、同じような感覚の持ち主や、ある何かの基準に達している感性が必要になってきたりすると思います。

コミュニケーションでわかりにくさは誤解を生んでしまう、だから明確に伝わりやすいものを。そんなことを考えてしまいますが、逆に考えれば、伝わりやすいことだけしかわからない人を増やしてしまう危険もはらんでいるのかなあと、少し思います。

アートはやはり、理解するためにすこし難しいと感じるのが私の正直な感想。ただ、理解しようとしない、わからないで終わってしまえば、自分もそこまでということかなと思います。子どもと向き合うときも同じかなあ。

「こうやねんけどな!なんて言ったらいいかわからへんねん!」みたいなことが表現できるのは、すごいことなんですよね。「なんて言ったらいいかわかる」だけでも、幸せです。それができるようになるには、どんな風に表現することができるか、自分が知っておかないと、表現したいとき表現することができなくて、辛いと思います。

娘が自分の気持ちをどう表現していいのかその言葉がわからず、泣いているのを見ると、心が痛みます。母親だから言いたいことはわかるけれど、もし大きくなって家族以外の人にそれを伝えたいとき、泣いてしまうだけになるようなことになるなら、大きくなった娘を泣かせたのは私の責任です。

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2009年4月21日 (火)

好きです

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私は、好きなんです!というのが好きらしくて、きらいとか苦手とかは特に言う必要がないと思いました。
いや・・・違いますね。きらいとか苦手とかをいちいち言ってめんどうくさくなるとか、そう感じたことをあえて言葉にしてしまうのはめんどうくさいなあと思うし、それを言ったことでなにか自分にいいことがあるのかと損得を腹黒く考えてみたら、特に得になるようなことはない気もしたからです。でも基本的にめんどうくさいので言わない方が賢明だと思ったのかもしれません。

「きらい」とか娘に言われた日には、ほんとに泣いちゃいたい気分になるし、きらいと言わせるには何かしたとかわたしがきらいオーラを出したんだと思うので、あれかなこれかなあと反省するんですが、みんなが常にそういうオーラをだしているというのはすごくこわいですね。伝染病みたいに広がっていくし、好きっていうのより威力がありそうな気がするんです。

子どものころはそういうのがいまいちわかっていなかったので、きらいだとおもったらすぐに「きらい!」と口に出したり…、いや、口に出せなかった。きらいとは言えなかったです。ただきらいなオーラはあからさまに出ていたと思います。

どうでもいいんですが、わたしはこの「嫌い」という漢字のかたちが変(なんかの虫みたいで気持ち悪い気がした)なので使いたくないのと、「嫌」この漢字そもそもになんか避けたいものがあるので、「苦手」と言う言葉を使うことにしました。ニュアンスでごまかしてるだけだけど、ちょっとやわらかくはなるかなと思って。

伝染するような場所で、そういうきらいということの言葉の力を行使するのはおそろしいことだと、学生時代気づきました。どうやらそういうことは、なにかいいことがあるのか考えてみたのですが、わたしにはメリットが見つけられなかったんです。「おもしろい」とか「興味がある」とか「野次馬」みたいな軽いものはあるけど、それが果して自分にとってイメージアップにつながるのか…。わたしに持たれているキャラのようなものを察すると、イメージアップになることはなさそうだと判断しました。

大学時代は、女の子グループ的なものの面倒くさいことも緩和し、ドライというかやりやすかったんだけれど、高校生までは、悪口のようなものや不快な気持ちをこっそり強制的に共有しないといけないような場面が多くてちょっと疲れてました。あと、その不快の元になってるんじゃないかという不安も、なんか居心地悪いなあと思いました。

あんまり精神的に疲れたくないので、そういう居心地の悪さの元を作るお友達とは距離を置きたい気持ちになります。わたしの前で、わたしのことではない人の悪口を言っているひとはそういうことをほかのシュチェーションでも使っている可能性大だと判断して、そういう話題に自分も使われる可能性があるというのは、自分にとってもメリットじゃないよなあとか、腹黒いことも考えました。悪評を広められたくないからその人の機嫌をとるのは、なんかいやだ。(プライド高いのかな?)そこに気を使いたくないので、それをするくらいなら距離を置いて認識されない方がいいと思いました。悪口をいう友達は、上下関係のようなものができてしまい、対等に会話ができない気がしたんです。

私はそう思ったので、あんまり誰かのメリットになりそうもないことを口に出さない方が賢明だと判断して、こういうことは別に言う必要のないことで、社会の暗黙のルールなのかなあと学んだのでした。もしそういうことも機知に富んだ、ユニークな方法で表現できるならよかったんだけど、わたしはけっこうストレートな方なので、そういうことをいっても面白くないしたぶん聞いた方もしらけるので、自分の表現力の乏しさともあいまって、好きだと言うことを表現するほうを、やってみようと思ったのです。

わたしはコミュニケーションがあまりうまくできないタイプなので、ちょっとずつうまくできるようになるといいなあと思って、そうしてみることにしました。これが良い選択だったのかはわからないけれど、やってみよう。

写真は、たこ焼きです。夫さんがどこかで買ってきてくれるタコ焼きで、何回聞いてもどこか覚えられないためどこのたこ焼きなのか知らないのだけれど、ここのタコ焼きは美味しいのです!

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2009年4月17日 (金)

個人ブログに関して、今思っていること(1)

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なんとなく、最近感じはじめた、ブログというものの価値。
前回の記事でなんとなく話題にしてみると書いたので、もう一回何かの話しをしてみたいと思います。
個人ブログに関して、今思っていること

ブログというものが日本で始まって、個人で日記のような記録のようなものがインターネットで検索するとよくひっかかるようになりました。はじめは、誰が書いているのか、内容がどのくらい信用できるのかわからず、個人ブログはたいした情報もないものだと決めつけていたようにも思います。

ただ、検索は毎日していて、そういう個人で書かれたブログの記事なんかがヒットしたとき、おお!助かった!とか、面白かったとか思うことも増えるようになりました。他人の日常を垣間見ると言ったら気持ち悪いかもしれませんが、なんだか気になる人のブログは読んでみたりして、そのブログの運営者の方に一方的に親近感を抱くようになったりしていました。自分が好意を持っている人が書く文章と言うのは、自分にとっては影響力が大きいものです。そのブログで書かれていることを、誰かに話したり、家族で話題にしたり、面白かったフレーズを、自分も使ってみたりしていると、わたしも自分のブログを書くようになりました。

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2009年4月16日 (木)

テンションが下がるから、Feedに「AD」とか「PR」的ものを入れないでほしい

最近、わたしのRSS(フィード?)リーダーで、購読しているブログの更新に便乗するかのように、「AD」とか「PR」と書かれた、記事一本分としてカウントされる、広告のようなものが入るようになったのが目に余るくらいになり、とってもテンションが下がっているので、やめてほしい。ブログのFeedの読者側ではどうすることもできない。
読者側としていま、わたしができるのは、
・ ブログの購読を解除する
・ 我慢する
の2つの選択肢しかなくて、いまは我慢している状態。他にも何かどうにかできるのなら教えてほしい。

以前から何回かこのことをブログに書いて地味に訴えているんだけれど、リーダーを使用している人は、特にどうでもいいのかなあ?気にしていないのかなあ?と気になっている。

わたしは、テンションが下がるからやめてほしい。

なんで、わたしのテンションが下がるかと言うと、
すでにGoogleリーダーなんかでは、フォルダに未読件数が(1000+)なんていうことになっていることもあるけれど、未読数に、広告まで1記事とカウントされてしまうことと、リーダー内購読記事だけを検索対象したいのに、つい油断すると広告がひっかかって自分の検索行為が邪魔されるのが不愉快不便だからだ。

記事内に広告が表示されることに関してはわたしは否定的に思っていないけれど、この記事一本分としてカウントされる広告は、ひどい。フィード購読者に対してのいやがらせかとおもったことがあったんだけれど、実験中なのかと思い、ずっと我慢している。
あまりにひどいと読みたいブログの購読を解除しないといけなくなり、ブログ運営者にとっても、フィード読者にとってもあんまりメリットにならない気がする。と私は思うんだけれど、わたしのわからないところで、なにかこうすることによってメリットがあるのかもしれないので、おとなしく我慢することにする。

でも、やっぱり数か月そういうのを見ながらリーダーでブログを購読していて、私はそういう広告に対してあまりいい印象を感じていないことを自覚した。

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個人ブログに関して、今思っていること

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先日とあるSNSにちょっと日記に書いた気もしますが、個人のブログが好きなんです。特に有名人のブログとかそういうのじゃなくて、街ですれちがったかもしれないくらい普通に生活している人なんかが、更新しているブログが好きで、ブログが流行り始めてちょっと経ったくらいから、いろいろ購読しています。

わたしが何が好きなのかと言うと、普段使っているような言葉、正しくはこうなんだけれどこっち使っちゃうみたいなのがあることと、見たものや感じたものに対してどういう表現をするのかとか、どういう目線で写真を撮ったのかとか、そういうのが見られるのが好きです。へぇ~、こういう気持ちはこういう風に言うんだとか、こういう風にそれを見たんだとか、そういうことを私が読んで、私は自分が同じようなことがあったとき、そのブログでみた表現を使ってみたり、目線で見てみたりします。感情や気持ちの表現方法をブログで見られる、言語化された言葉にはなかなかできない日常的な表現の仕方を読めるというのは、わたしにとって価値があるのです。みんなが普段どんな言葉を使っているのかというのを見ているので、標準語ではなく、方言を使ってくれても嬉しかったりします。

個人ブログに注目するまでは、私にとって表現の参考になるものは文学作品でそれが手に入れやすかったので、文学作品の表現を参考に、それをそのまま日常会話で使ってみたりしていました。でも、それだとどうしても日常的なコミュニケーションにおいて伝わりにくかったり、わかりにくいよ~と言われたり、してしまうんです。だから、円滑に友達とコミュニケーションができませんでした。わたしはそういう面でなぜか偏っていたので、負い目を感じてしゃべることもほとんどできなかったり、四国から関西にきて四国で使っていた言葉が浮いてしまうと無駄に気にして、友達としゃべることさえできなかったころを考えると、今は関西弁もエセなんですが使えるし、おしゃべりができるようになったということが嬉しいです。でも、実はわたしは、インターネットでは標準語を使えるのですが、実際しゃべる時になると標準語をしゃべることができないので(イントネーションとかがわからない。あとまだ訛ってるのでなんか恥ずかしい)、関東の方としゃべる時ちょっと、どもっちゃいます。関西の人としゃべる方が、実は自由におしゃべりできるんです。

みなさんが普段書かれているブログで、わたしの表現は格段に豊かになり、友達とも楽しくおしゃべりすることが円滑になった実感があるので、とてもうれしいです。感じたことを飾らず文章にしてくれて、ありがとう。わたしにもちゃんとそういう気持ちが伝わってきています。

この「とてもうれしい」というようなことが、私は昔、書けませんでした。でも、今はかけるんです。すごく幸せなことだと思いませんか?

この件(ブログで使われる言語表現等)に関しては、いろいろ考えていることがあるので、気が向いたらまたこのブログの話題にしたいと思います。

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耳コピしてくれと駄々をこねる

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昨日の続きなんですが、トリップ要素の強い中毒性のあるものに依存してしまうことがよくあり、わたしと娘は昨日あのフレーズを1日中歌っていました。おそらく娘は、保育園で、あれを歌うと思います。でも、保育園にはあれがわかる園児がいないうえに、先生のフォローもうけにくいので、交友関係で排他されないかやや不安です。でも娘はちゃんと空気を読むことができるので、歌ってみてリアクションがなかったら、何度も歌わないと思います。えらいですよね。娘。そういう社会性のようなものが、わかりはじめてきたという子どもの成長に感動します。

さて、そんなわけで、昨日は暇つぶしとかでバンドなどをやっている夫さんに、あのフレーズを耳こぴしてくれと、駄々をこねました。耳こぴしてくれないと一緒に寝ないとか!耳こぴしてくれないともうしゃべらない!とか、いうくらいの夫婦関係の危機をひきあいにだして、やや脅している気もしましたが、気のいい夫さんは、心よく耳コピしてくれました。

ただ、歌詞つきで!と、お願いしても、彼はシャイなので、恥ずかしがって歌ってくれません。僕がひくのであなたうたってください!と言われましたが、彼が恥ずかしがるのでわたしもあんなに1日中大声で歌っていたのに、無駄に恥ずかしくなって、歌えませんでした。
家族みんなで風呂に入っている間、私と娘が大声で連呼するなどして、1日愉快に過ごしました。

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2009年4月15日 (水)

「オッサン」がうらやましくなる時

わたしも、「オッサン」になりたかったなあ。と思うときがあります。

音も写真も使えるのが面白いです。DSiということで、小学生に人気みたいですが、小学生並みにピュアなオッサンが使っても、夢が広がりすぎて収拾がつきません。
2009-02-18 - ココロ社 ♪ほのぼの四次元ブログ♪
[新名所]絶賛解体中の製鉄所、中身が丸見えで大興奮!


わたしも自分のことを「小学生並みにピュアなオッサン」と言いたいですが、「小学生並みにピュアなオッサン」と言うとうそをついたことになるので、言えません。「小学生並みにピュアな」あたりまでは、なんとか努力でどうにかできそうですが、最後の「オッサン」だけはどうしてもクリアできません。こういうとき、(オッサンっていいなあ。)と思います。

アニマル劇場を娘(5歳)と見ていました。

娘の感想としては、

・おもしろい
・猫がかわいい
・猫じゃないのに猫や

と言っていました。娘も猫に大混乱です。

アニマル劇場その(2)もあるそうです。
アシッド漫画『アニマル劇場』その(1)その(2)

漢字のなりたちの感想も聞いてみました。ひらがながまだ読めない娘にたのしく漢字を学習してもらおうと思いました。

娘の感想としては、

・おもしろかった~
・ねこ

と言っていました。
面白かったと言ってますが、漢字に関して完全にスルーしてました。
いま、お姫様が最高にイケていると思っている娘は「おんなのこぜんぜんかわいくないなあ!」といいました。ごめんなさい。

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