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2010年4月 4日 (日)

私が娘くらいのときは多分こんな子供でした

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Twitterで質問してもらったので、喜んで答えます。

私が娘ぐらい・・・小学生になる前くらいのころ。
私が生まれた家はひいばあちゃん、ばあちゃん、母親、私と言う風に、4世代の世帯でした。
ひいばあちゃんは明治生まれ、ばあちゃんは昭和初期、母親は百恵ちゃん世代、わたしは・・・ファミコン世代でしょうか。おばあちゃんの世代は戦後の人なので、戦争体験者はひいばあちゃんです。ひいじいちゃんは、ひばあちゃんの話によると”長崎に水兵さんにいったら工場に爆弾が落ちてなくなった”と聞かされていました。
大学時代にお墓まいりに行った時に気づきましたが、爆弾が落ちたというのは、長崎の原爆のことだったようです。

さて、そんなわけで私の世代くらいになると女性も外で働くようになり母親は働いていたので、わたしは子どもの頃、専業主婦をしていたばあちゃんやひいばあちゃんに、面倒をみてもらっていて、いつもひっついていました。

小学校2年生になってから妹が生まれるので、それまで一人で遊んでいて、家の周りは庭と畑がありその辺で遊んでいました。昼間はひいばあちゃんが畑仕事や庭の手入れなどをしていたので、その周りで自然観察をしたり、ひいばあちゃんの手伝いをしたりしていました。
幼稚園に通っていて、帰ると夕方はばあちゃんが夕飯の支度をしたりするので、その横でテレビを見てたりちょっとした手伝いをしたり料理を教えてもらったりしていました。

一人で遊ぶ時は、本を読むか、NHKののっぽさんを見ながら工作をしたりして何かを作っていましたが、娘が物語を書いているように、わたしも本を作るのがブームだった気がします。私が作っていた話は、たしか、りんご王子といちご姫がでてくる話で、いわゆるアンパンマンと同じように、登場人物がフルーツや野菜で、このシリーズを60冊くらい書いた気がします。
他にはまっていたのが、小学館の動物図鑑の動物の絵とその説明をノートに書きうつすことと、写経でした。

小学校低学年まではこんな感じだった気がします。
小学校2年生くらいから漫画を読むことを覚えて、ジャンプを読んでました。ドラゴンボールの第一話をジャンプで読んだのをなんとなく覚えてます。ファミコンは忍者じゃじゃ丸くんにはまってました(参照:忍者じゃじゃ丸くん - Wikipedia

もうちょっと年がすすむとだんだん荒んでくるんですが、中学生のころは、江戸川乱歩の『少年探偵団』シリーズを全部読むのと、ガラパゴス諸島の研究、南総里見八犬伝と滝沢馬琴と歌舞伎にはまってました。中学時代からものすごいお笑いにはまり、二丁目劇場のファンクラブにはいって、すんげーBEST10とかを録画しまくっていました。スミス夫人とかジャリズムとかリミテッドとかの時代ですね・・・。(参照:心斎橋筋2丁目劇場 - Wikipedia

高校時代は、パリコレとか・・・ファッション関係、ファッション雑誌を読みあさることと世界史にはまっていた気がします。あと、父親の影響でたぶんゲーマーです。しかもRPGばっかりやりこんでました。

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