どこまで同じ景色を見ることができるか
wackey's タンブラーの投稿でちょっと気になったものがありました。わたしはなるほどな~と共感する部分がありました。
話し上手が陥る罠 | キャリワカ:ビジネスベーシック | nikkei BPnet 〈日経BPネット〉
わたしは人とあまりうまくコミュニケーションができないタイプだと自分では思っていて、子どものころからいろんな不便を自分に感じながら生きていました。その不便の原因はコミュニケーションで、うまくバランスが取れてなかったりすることなんじゃないのかなと自覚しました。
話を聞いて、自分もそれに対して何か話したいんだけれど、話すことがうまくできない。であるとか、書く読むに関しては、「書くだけ」であるとか「読むだけ」であるとかに没頭し、それらが自分の中では別々のものであり、うまくかみ合ってない感覚に陥ることが多かったです。
インプットとアウトプットなんていう言葉を、近年知ったわたしですが、この考え方みたいなのをずっとネットの記事なんかで読んでいて、そういう何かうまくやっていけていないことに気づいたのは、ごく最近です。
仕事ができる人は、「読む」「聴く」能力が高いです。なぜならば、物事を正確にキャッチできているからこそ、成果が出ているのです。「話す」「書く」といった攻めのコミュニケーションは、「読む」「聴く」から正確なパスが送り出されなければ、的外れになることはわかっていただけますよね。
話し上手が陥る罠
「読む」「聴く」「話す」「書く」ということに関して、私が自分ができていないと自覚したのは、「話す」「書く」部分でした。書くことに関してはかなり意識して、文章を常に書いていたのですが、それと「話す」というのはまた別のものである感覚を持っています。
ただ、書いたり話したりするためには、まず、読んだり聴いたりすることが大事であるのだとは、かなり何かを書き続けた後、書けないとわかったときに気付きました。
そのとき、自分はどうするかというのを、しばらく考えたときやっぱり思いついたのは、「読む」「聴く」だったのです。
わたしは、どちらかといえば何かを書きたい話したいとおもっている人なので、「読む」「聴く」はあまり意識することがない・・・というより、それはあまりにも自然であり、意識することすらしませんでした。
ただ、何かを話したいであるとか、書きたいであるとか、作りたいであるとか、表現したいであるとか、そういう欲求があるとき、今まさに自分ができる「それ」をやろうとしてしまいますが、しばらくもしくは並行して、聞くであるとか、読むであるとか、見るであるとか、そういった行動を意識しなければ、結局何かに躓いてしまうのだなあと思います。
なぜ、こんなことを意識しないといけないのかと考えましたが、他者との関係が必要なものというのは、自分以外の立場が見ている景色を、ある程度自分で見ることができたり、想像できたりできないといけないような気がします。(これは現在での私の予想)
逆にいえば、何かとの関係を考慮する必要のないものなんかは、そんなことを考える必要もなく、自分がやりたいことに没頭すればいいので、これもこれでありだなあと思います。
わたしは、ブログを書きたいと思ったので、たくさんのブログをいつの間にか読むようになっていました。
これは、まだ読むことを意識する前の段階で、なぜ、そんなことをしたのかと、後で考えてみると、やはり、読む人も意識しはじめると、読んでもらえるようなブログを書くためにはどんな言葉を使えばいいのか、どんな風にブログをやっていけばいいのか、そんなことを知りたかったのかもしれないなあと、思います。
それは、真似であるとかそういうものだと思いますが、私が作ったものは、何かを見て作ったはずであるのに、何を見てこうなったのかというのは、なぜかわからなくなっているのが、不思議です。
趣味でブログを読むというより、ブログを書きたいと思ってブログを読んでいる面もあるので、ブログの読者としての目線と、ブログを書く側としての目線をもっているのは確かです。それによって、得たものは、やさしさとか許せるみたいな気持ち、そんな気持ちを、読むことを意識しはじめてから、持つようになったのを感じました。
そういえば・・・
最近、夫さんが、三線に興味をもち全くの初心者の状態から、三線をどうやって習得していくのかなあと、こっそり観察していました。
彼がはじめにとった行動は、何といきなり三線と書籍を買ったのでした。
次に彼がとった行動は、毎日書籍を参考に、三線をひきました。
しばらくすると、CDが数枚増えており、家では三線の音楽(沖縄民謡みたいなの)が、常に流れている状態になりました。今月は、どうやら、三線のコンサートに行くようです。
彼の目的は、三線を弾くことなのですが、行動を見ていたら面白いですね。
私も同じように、何か新しいことを始めたら、同じような行動をとっているような気がします。
なんだかうまくまとまりませんでしたが、
たまに、ふと、何かに行き詰ってしまったとき自分ができるかもしれない行動・解決策になりそうなこととして、心にとめておきたいようなことかなあと思いました。
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