素晴らしいなあと思うものは素晴らしく見える
私は田舎育ちだったためか、幸運なことに目新しいものなんかが本当に珍しく見えたりちょっとしたことでも「スッゴイナア!」と感動することができます。学生時代はなぜかインテリ(笑)学生だったため、かなりいろいろ目新しいものを見たりいろいろ触れる機会が多かったのでちょっとしたものは(ショーモナー)と思っちゃっていたんですが、最近はなんだか年をとったせいなのか娘が可愛すぎるせいなのか、生きてるだけでなんかいろいろ素晴らしすぎて、毎日が本当に面白かったり楽しいです。気持ち悪いですよねー。
基本的に「すごいなあ」と思うことができるので…と、言っても、実は私もそれなりにいろいろ見ているので「違い」はわかってしまい正直(ショーモナー)と思うこともありますが、ちょっとモッタイナイな~と残念な気分もします。
そういえば、娘なんかと外出すると、娘が自分が見つけた素晴らしいものを親切に私に教えてくれるのですが、(なんて親切な娘なのだろう!)という時点でちょっと泣きそうになるんですが、そういう風に娘と何かを見たりしに行くのはさらに楽しいことですね。娘が大人になってしまってなんでも(ショーモナー)なんて言ってしまう人になったら、ホントに私の楽しみがなくなっちゃって超残念なんですけど。と思いました。そんなことになるなら、その時は孫がいてくれたらいい気がしました。いや、友人が子どもを私と一緒に遊ばせてくれたらいいと思います。
そういえば久しく使ってない言葉に「気の持ちよう」なんていう私の使いたくない言葉入りしている言葉がありますが、それに通じるところもあります。でも「気の持ちよう」なんていう言葉は使いたくないし、使うのが癪なので、それを私の言葉でいうなら「自分の心の姿勢」なんて言う言葉みたいなのがいいんじゃないのかなあと思いました。
悲しい・ひどい・ショーモナーなんて何でも見てしまってそう思ったりするのは自由なんだけれど、わたしはそういうのは楽しいと感じられないみたいで、そんな毎日だとマジで精神衰弱になりそうなので、あんまりやってみたいと思いません。なんて強気なことを書きましたが、わたしだって悲しい・ひどい・ショーモナーなんて思いながらいろいろ見ているときもあるんです。
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