個人ブログに関して、今思っていること
先日とあるSNSにちょっと日記に書いた気もしますが、個人のブログが好きなんです。特に有名人のブログとかそういうのじゃなくて、街ですれちがったかもしれないくらい普通に生活している人なんかが、更新しているブログが好きで、ブログが流行り始めてちょっと経ったくらいから、いろいろ購読しています。
わたしが何が好きなのかと言うと、普段使っているような言葉、正しくはこうなんだけれどこっち使っちゃうみたいなのがあることと、見たものや感じたものに対してどういう表現をするのかとか、どういう目線で写真を撮ったのかとか、そういうのが見られるのが好きです。へぇ~、こういう気持ちはこういう風に言うんだとか、こういう風にそれを見たんだとか、そういうことを私が読んで、私は自分が同じようなことがあったとき、そのブログでみた表現を使ってみたり、目線で見てみたりします。感情や気持ちの表現方法をブログで見られる、言語化された言葉にはなかなかできない日常的な表現の仕方を読めるというのは、わたしにとって価値があるのです。みんなが普段どんな言葉を使っているのかというのを見ているので、標準語ではなく、方言を使ってくれても嬉しかったりします。
個人ブログに注目するまでは、私にとって表現の参考になるものは文学作品でそれが手に入れやすかったので、文学作品の表現を参考に、それをそのまま日常会話で使ってみたりしていました。でも、それだとどうしても日常的なコミュニケーションにおいて伝わりにくかったり、わかりにくいよ~と言われたり、してしまうんです。だから、円滑に友達とコミュニケーションができませんでした。わたしはそういう面でなぜか偏っていたので、負い目を感じてしゃべることもほとんどできなかったり、四国から関西にきて四国で使っていた言葉が浮いてしまうと無駄に気にして、友達としゃべることさえできなかったころを考えると、今は関西弁もエセなんですが使えるし、おしゃべりができるようになったということが嬉しいです。でも、実はわたしは、インターネットでは標準語を使えるのですが、実際しゃべる時になると標準語をしゃべることができないので(イントネーションとかがわからない。あとまだ訛ってるのでなんか恥ずかしい)、関東の方としゃべる時ちょっと、どもっちゃいます。関西の人としゃべる方が、実は自由におしゃべりできるんです。
みなさんが普段書かれているブログで、わたしの表現は格段に豊かになり、友達とも楽しくおしゃべりすることが円滑になった実感があるので、とてもうれしいです。感じたことを飾らず文章にしてくれて、ありがとう。わたしにもちゃんとそういう気持ちが伝わってきています。
この「とてもうれしい」というようなことが、私は昔、書けませんでした。でも、今はかけるんです。すごく幸せなことだと思いませんか?
この件(ブログで使われる言語表現等)に関しては、いろいろ考えていることがあるので、気が向いたらまたこのブログの話題にしたいと思います。
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