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2009年1月30日 (金)

子どもに挨拶させるということを教えるのはだめなのか


Photo by Joe Jones
↑ こんな看板さえ間違っているのかと疑ってしまいたくなるような…

わたしは子どもの頃から口べただったことと、田舎でご近所の方はほとんどみんな顔見知りなコミュニティに属していたので、あいさつは必須であり、あいさつできるということは「ちゃんと挨拶ができて偉い子だ。」と評価されることのひとつでした。しかし、えええ?とちょっと驚くこんな記事が。

子供は挨拶するべからず?!:ワーキングマザースタイル[wmstyle.jp]

小学校の委員会で保護者がこんな議題で話し合ったそうです。

「たとえご近所さんであっても・・、子供が知らない大人であれば、ご親切で挨拶されても、子供には無視をしなさいと教えるべきか否か・・?」

現在、田舎と呼ばれる場所ではない。つまり、ひとの出入りが多く、知らない人も多い。という環境で暮らしているので、あまりにも人ごとだとは思えず、興味深く記事を読んでいたのですが、なるほど。こういう考え方もあるのか。とちょっと自分の娘に雅さんの考えと同じように「元気よくあいさつ!」を奨励してあいさつのできた娘をほめている姿勢がはたして良かったのか?と考えてしまいました。

娘に「知らない人が挨拶してきても無視するんですよ。」と教えて、挨拶をしてきた人を無視させその人を怒らせるような結果になるのも怖いですし、挨拶をかえすような素直な子どもに仮にいたずらをしようと思って近づいてきた人に対抗するだけの力を子どもが持っているのかと言われると疑問も。
このようなまだ起っていないトラブルに対して、悪いように妄想をめぐらせるのはベストなことだとは思えませんが、「どうにかなるでしょう。」と、能天気にいるのもベストだと思えません。

「挨拶をする」ということだけを理由に悪意をもった人のターゲットにされるという根拠はいまのところわたしは知らないのですが、挨拶をしてもしなくても悪意をもって近づいてくる人はいると思います。ただ、挨拶をしたことによって、隙を見せてしまう、ターゲットになる可能性が高い。ということになれば、挨拶ひとつするにしても、ちゃんと教えなければいけないと思いました。

けっきょく数時間ではどうするのがベストなのかはわからなかったのですが、園の張り紙に「子どもを殺すと殺人予告をした人がいます」だとか「○○付近で不審者がいます」と言った張り紙を見ていると、保護者としては不安になります。子どもが大きくなると、子どもが外出するたびに常に母親も一緒に行動することも難しくなりますし、そもそもあまり現実的ではありません。じゃあどうしたらいいのかなあ。と不安な気持ちになった記事でした。

ご近所の方との交流を深めて、ご近所にお住まいの誰だれさんだ。というのを家族で把握しながら、「知っている人には自分から挨拶しよう。」というのがいいのかなあ。と、今の段階では思っています。

「挨拶をすることができた」ということはやっぱり子どもをおおいにほめることだと思うのですが、褒める際も「○○さんに気持ちがいい挨拶ができて、いい感じだったよ!」という風なニュアンスにしたりしたほうがいいのかなあとも思ったり、いろいろ考えました。避けたいことのひとつで思いあたったのは子どもが「親にほめられたいから挨拶をした」という行動をとるような関係を築いてしまうということもありますね。

関連記事:
子供は挨拶するべからず?!:ワーキングマザースタイル[wmstyle.jp]

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